「自分に素直に」追記

「自分に素直に」。の追記です。気持ちが落ち着かなくて、想いを整理するため書きます。

さっきまで兄弟のことを考えてました。私とは環境がみんな違う。私だけかなり特殊。そのことは小さい頃から悩みの種でした。今になっても謎が多いです。それに遠慮してます。他人なんです。どう考えても。普通に小さい頃から兄弟で暮していれば親しかったかもしれません。でも私はそうじゃなかった。勇気を出して話したこともあるけど、その時には散々怒られ「周りと比べるな」と言われて終わりました。

生まれてきてから今までのこと、自分が思っていることを兄弟はどのくらい知ってるのか、そして本当は私のことをどう思っているのだろうか。気になるけど聞くことはできない。今までも、これからも。

人それぞれに人生があります。もちろん私も。でも私の今までって大半が失敗だった。いいことの倍以上悪いことが多かった。自分の存在を周りがどう思っているかが気になる。好き嫌いはっきりしてほしいとかそういう感情ではない。兄弟との関係をよくしたいとかそれも違う。それにそれは求めたところで期待外れの可能性が高い。何故か視線が気になります。

ただ、少しは自分のことを分かってほしかった。理解してほしかった。偉そうなことは言うことできないけど、今の自分が明らかに不安定であることに間違いはない。でも自分の周りには伝えられる人がいない。今まで信号を発信したつもりでもだめだった。思い切って言えばいいのに言葉がでない。こんなわがままな自分でごめんなさい。

でも、やっぱり気になるんです。自分の生い立ち。育ててくれたことに対してはたくさん感謝です。ただ、生まれてきたことに意味はあるのか、そこが気持ちを不安定にさせている。

父親は社会の成り立ちを教え、母親は何があっても変わらぬ愛情でわが子を守る。色々調べている中でそんな文面を見つけました。私の場合はどうだったのだろう。父親は暴力のことしか記憶になく、母親は生き別れのようなもの。今の母親を持つ兄弟にとっての自分の存在、そして実の母親の気持ち…。

私だってかつてもありましたが、寂しい、誰かに傍にいてほしい、そういう温もりを求める上で彼女という存在を意識します。ただ、実際は母親的な感情を求めてしまって相手を困らせてしまうのではないだろうかという不安な部分もあります。でもそういう一番信頼できる人は欲しい…。

私にとって、様々な感情は全てが我慢。言うだけ無駄、今までも勇気を出して話したのに叱られ、みんなの前では笑っていないと困るとも言われました。何でも話してと言われたのに、話したら何も聞いてくれない。これって矛盾?それ以来、人前では素の自分が出せなくなり、もがいている状態。何が正しいかなんて分かりません。ただ、自分が今感じたり思っていることを素直になるためにもとこうして記しています。これが自分自身です。

小さい頃のいじめの経験、そして生い立ちや自分自身の失敗。もう私は汚れてしまいました。どんなに涙で洗っても綺麗にはなれない…。せめて、自分がどんなに辛くても、自分の味方でいたい。そう思います。

たまには前みたいに母の手料理を食べたい。環境が変わってある意味「よかったね」という声をたくさん聞いたけど、自分自身の気持ちの変化を誰も気にしてはくれなかった。もちろん自分から言えるような状況でもない。食事やお風呂の時間といった生活スタイルも変化した。「子どもじゃないから気を使う必要がない」と言われたけど、自分にとっては未だに慣れない「他人」であり、こちらは今でも気苦労が絶えない。お互いに本当のことが言える仲であればいいのに。

寂しい、一人ぼっちが孤独、誰かに話を聞いてほしい、もっと言えば抱きしめられたい、私はそういう感情を抱いてはいけないのでしょうか。私の話は親戚みたいな身近であろう存在にはタブー視されるのでしょうか。重たい人間なのでしょうか。障害者だからという理由も含まれるのでしょうか・・・。

心が壊れてしまったのかな。涙も出ないくらいになり、震えたりもする。とりあえず寝ないと…。寝ないと自傷行為に走るかもしれないし、現実逃避をする意味もある。自分が今までしてきたことはほとんど失敗。どうして鉄道の記事を書くべき場所にこんなことを書いているのか、度々ですが大変失礼しました。

私は視覚障害者として生まれてきました。「よく見えないのが当たり前な人生」を歩んできたから、これが当たり前という感覚です。もちろん様々な面でショックを受けたことは何回もありました。

視覚障害者として生まれた私は地元の保育園、地元の小学校、県内の盲学校と転校を繰り返しました。やはり障害者ということ自体をいじめの材料にされたものです。小学校時代は通学時にいじめられました。以前もこの辺りのことを記事にしましたが、いじめの内容までは書いていませんでしたね。物を隠されたり靴に石を入れられたり、物をぶつけられたり叩かれたり。そして自分が汚れているという感情を抱くきっかけは集団通学の仲間におしっこをかけられたことでした。そのいじめが原因で7歳の頃に交通事故にもあいました。その後不登校にもなりました。

途中から盲学校に転向し、いじめという恐怖から解放。でも今度は中学の頃になると自分自身のことを悩むようになり、高校時代は前述したような複雑な家族関係、そして卒業後は周りとの人間関係にも苦しみました。周りの人には大袈裟に感じるかもしれませんが、当時の私には真剣に悩んでました。

大学時代には挫折を味わい、その後は“心の風邪”をひきました。授業に頑張ってついていこうとしたのに乗り遅れたり、そして自分の意思で決めた進路ではなかったことなど。高校時代から先生方の勧めで選んだ大学進学でしたが、自分は気が付けばひたすら周りの期待に答えるために頑張り、自分がこの道でよかったのか悩みだすようになったのです。

生まれて初めて「心の病」というものを経験し、その時は何もかもが非現実的に感じてしまい、1年ほどブランク期間がありました。高校時代には人間関係で悩み始めたころで、当時私の同級生、後輩、そして父親が相次いで亡くなったことも重なり、正直自分も何に向かって頑張ればいいのかが分からなくなっていました。その頃、先輩で私に似た人生を歩んでいた人ともよく相談にのってもらったりしていたお陰もあって、元気を取り戻しつつありました。ちなみに私は複雑な家庭環境下で育ち、生みの親と育ての親が違います。今の時代、そんな固定概念に縛られてはいけませんが、やはり周りを見ればごく普通の家族というものに憧れを抱いてしまうものです。変かもしれませんが、私は同性よりも異性のほうが話しやすいという特性もあるようです。カウンセリングにおいても。

発症から1年で落ち着きを取り戻し、今の職場に至っています。でも心は不安定で数年前に再び再発。でもその時には勇気を出して話したのに叱られて終わりでした。今まさにその時以上のものを感じてしまい…。いつもなら簡潔に終わるべき内容ですが、今は気持ちを落ち着かせる意味でこの記事を書きました。どうかご了承ください。
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※心身の体調を崩してしまい、鉄道趣味活動およびブログの更新頻度が低下気味で申し訳ありません。マイペースに更新していきますのでよろしくお願いします。
(2015/05/06追記)

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